プロローグ
2058年
東京オリンピックが行われてから38年。
戦争はもはや伝説。
それでもフクシマの廃炉作業はまだ終わっていない。
原子力なんてローテクを何で昔の人は選んだのか理解できない。
今はマイクロコアがある。まさに夢のエネルギーだ。
2034年に日本全土に及ぶ大震災があり、幸か不幸かそのおかげで都市の再整備が進んだ。
僕が住んでいるのは東洋のヴェニス「船橋シティ」
デパートの柱にはデジタルサイネージやプロジェクションマッピングが並び、店頭ではホログラムの店員が切れの良い売り文句を歌っている。
僕は商品を手に取りバックに入れた。
昔はお金と呼ばれるチケットが必要だったらしいけど、それももうない。
国が発行した紙に価値があったらしいけど、いまはトレードが主流だ。つまり物々交換。
情報技術が高度化したおかげで、目に見えない行為、つまり義理や人情、やさしさや愛情と言ったものが価値を持つようになった。この制度のおかげで犯罪が減り、離婚率が下がったのもうなずける。支払いも全て自動で行われる。
バーチャルとリアルの垣根が無くなる大発明があったのが12年前。
特殊な技術なしに、情報を脳に直接送れる「ブレインジャック」という、新しい技術が開発されたからだ。かつてガラパゴスと呼ばれた日本の企業も、この技術の根幹を守るため、手を取り合い、世界共通規格を作り上げた。それがUSB10.0だ。
ムーアの法則が飽和点に達したとの考えから規格され、人類は新しい世界を丸ごとひとつ手に入れた。
バーチャルでの人格と、リアルでの人格で二つの個人情報を持っている。 もちろん僕も。 ついにはバーチャルの世界だけの住人も出てきた。死の概念も変わりつつある。
僕は今年キロック大学を卒業した18歳。
レコーダーとしてマーズプロジェクトに参加するのが夢だ。
今日は大学を卒業して初めてキロックサービスに入る日。
インターンやバーチャルで仕事を手伝っていたけど、本格的にポイントが稼げるのは今日からだ。ビデオグラファー(VG)はポイントが高い人気の職業だ。ちなみにVGとして業績を残したものがレコーダーになれる。
キロックサービスと言えば日本が誇る世界的企業。
彼らが着目したのは「記録」まさに人生そのもの。
中国と米国という21世紀の超大国に挟まれたニッポンの民度を上げ、国際的な地位を不動のものにした後、アジア周辺諸国を初め、米国、ヨーロッパ、中東、アフリカなど様々な国の民度を上げ、ついには人類全体の進化を助けた存在として、企業としてノーベル平和賞を受賞したのは有名な話だ。
そのサービスは多岐にわたる。
企業のマーケティングから飲食店のメニュー、自分のパスにもキロックの技術が使われている。家族写真や家族の記録、僕が生まれた時の記録もキロックに保存してある。自分の人生の思い出全てに関わっているって考えてもいいだろう。 変わったところでは匂いや味の記録も始めたらしい。
僕が働く船橋シティのキロックサービスは、キロック創業の土地でエリートしか入れない伝統のあるセルだ。
おっと出社の前にお墓参りに行かないと。船橋市内の馬込霊園だ。
「おじいちゃん 行ってくるよ。」
お墓の前で僕がつぶやくと34歳当時のおじいちゃんが目の前に現れてこう言った。
「ようこそ キロックムービーへ」
そしてVGの道を歩き始めた僕。 しかしその道のりは辛くとも楽しいものだった。